当時の取引所のシステムは、富士通のメインフレーム。そこから出力される
取引報告や各種の金融データなどをFileMakerProとWebCGIのTangoを
組み合わせて、さらには、当時まだ珍しかったLinux(debian)を使って、
Web広報のシステムを設計、構築を行いました。
巨大なメインフレームは、データを取るにも接続が簡単に繋がるというわけでもなく、
信号として取り出すには、シリアル接続の大御所だったRS-232ですら繋がらず。
専用端末向けの同期プロトコルを同期・非同期コンバーターを使って変換して、
なんとか同時出始めのLinuxで受信しました。
そこから出てくる相場情報を定時にHTMLに変換して、同じくLinux上で作成した
コンテンツ管理システムから公開サイトにアップロードを行う仕組みでした。
20分ごとの相場情報の更新の他にも取引日報や集計報告などのページがあり、
それらはリモートアクセスで、FileMakerProでデータを入力し、Tangoを使って
HTML化、同じくコンテンツ管理システムで担当者が確認して、
承認してもらい、オートアップロードをします。
この日報データ、元となるデータはメインフレームからのファイルですが、
CSVやTSV(tab区切り)などのモダン(?)な形式ではありません。
取引の通知などは、桁数30桁ぐらいの数字が届いて、それをバイトごとに
読み出して、数値として変換しました。
加えて、日本語も扱う箇所は、EBCDICで組み込まれていて、コントロールコードに
沿って、富士通EBCDICからSJISに変換しました。
今思えば
FileMakerProをミドルウエアとしてデータ変換ツールに仕立てた典型例でした。
メインフレームの特有なデータ形式であっても読みだしが自在に
設計ができたり、スクリプトで変換のロジックを組んだり、
多少複雑な日本語の漢字の処理も確実にそして、大きなトラブルもなく
毎日稼働していました。
現場での評判もなかなか良い評判でしたが、メインマシンはMacOS9の
PowerMacintosh9500なので、連続稼働など心配が尽きないものでした。